こるぽっくるの排泄記。

ワケありニートが再起するまで。

食べるものがおいしい、ということ。

今日がとても素敵な日でよかった。

  

はじめてバレンタインチョコを作ったんだ。

 

小学生のとき、友達のおかんが一緒に作ろうって

誘ってくれたのを除けば

ひとりで作るのは本当にはじめてで。

 

どうしてチョコなんか作ろうと思ったんだろう。

 

私はずっとわからなかったんだ。

同級生の女の子たちが

ただ溶かして丸めただけの不恰好なチョコを

あんなに大切そうにキレイにラッピングしていたのが。

 

私はいつもそれを見て

市販のを買ったほうが、「よっぽど安くてキレイで美味しいのに」

って思ってた。

 

それは実際作ってみてもそう思う。

 

宇宙一大好きで大切な人ができた今でも

昔、母の仕事関係で私もそのおこぼれに預かっていた

デメルの猫舌チョコの方が数万倍おいしいと思う。

チョコとしての格が違う。

 

けどね、君が「おいしい。」と言ってくれたから

なんかそれだけでよかったんだ。

 

君に渡す前日に、自分が作った丸い塊の味見をしたんだ。

 

見た目は不恰好で全然おいしそうじゃない。

食べてみたけどやっぱり見た目そのまま

ただこってり甘いだけの泥だんごみたいだった。

 

だけど、君が嬉しそうに頬張るもんだから

なんだかおいしそうで

1個か2個分けてもらって食べたら

本当においしい気がしたんだ。

それから君は「これもう全部食べていいの?」と

あっという間にぱくぱく全部食べてしまった。

 

不思議な体験だった。

私たちはお互い実家暮らしのようなものだから

どちらかの家に遊びに行くようなことは滅多になくて

基本的に遊ぶのは外で、外食ばかりで

そんな中、君と一緒にいることに幸福感を感じることはあっても

食べものの味が変わったと錯覚するほど

おいしい、と思った体験はない。

 

私が生家で食べてきた食事は

父が作るもの以外は全て美味しかったけれど

ほとんど味らしい味がしなかった。

というより、壊滅的な家族関係のせいで

おいしいはずのものですら

のどを通り過ぎるだけの異物のようだった。

 

君と食事するようになって

いちばんおいしい、と思ったのは

君の家で食べた、君のお母さんが作り置きしてくれていた

ごはんたちだ。

 

最初に食べたのは、カレーだったかな。

あと豚汁。

どんな組み合わせだよって思った気がするけれど

すごく懐かしくておいしかったんだ。

 

さっき私は実家暮らしのような生活をしている、と言ったけれど

本当のところをいうと生活保護の代わりの施設で暮らしている。

家に帰る場所がなくなった人間が集まる施設だ。

 

そこでの食事はやっぱり味がしない。

いや、ちゃんと醤油だとか味噌の味はする。

けど、顔のない味がする。

栄養士に管理された規則正しい食事。

つまるところ給食である。

 

たぶん私が本当に食べたいのは

どこの店にも置いてない、家庭の味なのだろうと思う。

 

塩分濃度とか栄養バランスとか

そういうものに気を遣った食事じゃなくて

冷蔵庫にあるものでぱぱっと作った、とか

今日食べたいものを作ってみた、とか

そういう日常にありふれる食事がしたいのだと思う。

 

君といると私は

私が欲しかったはずの何かを少しずつ思い出す。

 

私が捏ねただけの丸いものに

君はうっかりおいしいなんて言ってくれるから

そのこってり丸いものは、ただの丸いの、ではなく価値をもった。

「食べもの」になって「おいしいもの」になった。

 

食べてくれるのが君じゃなかったら

そいつはただの丸いものとして

のどを通り過ぎ、消化されるだけだったと思う。

 

私にはまだこの現象がなんなのかわからないけれど

君が食べてくれたことに、私が作った時間が昇華されたのだと思う。

君がおいしいと評価を与えてくれたから、丸いのに価値が生まれたように。

丸いのに自分のDNAを含めるなんて

衛生的にも倫理的にもやばいことはしていないけれど

その丸いのにはたしかに私自身が含まれていて

食べられた丸いのは、それがただただ幸せだったのだと思う。